明治天皇浮世絵

うたがわくにまさ さく「なごやすてーしょんごちゃくのず」 歌川国政(五代) 作「名古屋ステーション御着之図」

名古屋ステーション御着之図

本皇族浮世絵の画題となっているのは、122代天皇「明治天皇」が大臣達を率いて、東京から広島へと向かわれる道中で名古屋駅に立ち寄られた場面です。

本皇族浮世絵の詞書(ことばがき:浮世絵などの絵巻物に添えられる説明文)によれば、明治天皇は、1894年(明治27年)9月13日に東京を御発車され、同月15日には広島に御着車されたと伝えられています。

徳川慶喜」(とくがわよしのぶ)の「大政奉還」(たいせいほうかん:江戸幕府が朝廷に政権を返上した出来事)を受けて「王政復古の大号令」を発し、「大日本帝国憲法」や「教育勅語」(きょういくちょくご)などを発布することで、近代の天皇制国家となる明治新政府を成立させた明治天皇は、同年に勃発した「日清戦争」に備え、その指揮の拠点となる「大本営」(だいほんえい)の設置を目的として、東京から広島に移られたのです。

本皇族浮世絵の「名古屋ステーション」(=名古屋駅)は、1891年(明治24年)に発生した「濃尾地震」(のうびじしん)により、初代の駅舎が倒壊しているため、2代目を描いた作品であると推測されます。

本皇族浮世絵を制作した5代「歌川国政」(うたがわくにまさ)は、同名で4代の長男でありその門人として知られ、その後、1904年(明治37年)頃に「四条派」(しじょうは)の画家「飯島光峨」(いいじまこうが)の門下に入ってからは、「竹内柳蛙」(たけうちりゅうや)と号していました。日清戦争を画題とした錦絵などを手掛けていた5代・歌川国政でしたが、竹内柳蛙時代には、「日露戦争」を取り上げた作品が多く見られます。

名古屋ステーション御着之図の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 歌川国政(五代) 浮世絵の題材 明治天皇

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