武将浮世絵

つきおかよしとし さく「かいだいひゃくせんそう きんごちゅうなごんひであき」 月岡芳年 作「魁題百撰相 金吾中納言秀秋」

魁題百撰相 金吾中納言秀秋

本武将浮世絵に登場するのは、越前敦賀(えちぜんつるが:現在の福井県敦賀市)の大名「大谷吉継」(おおたによしつぐ)の霊と、それに怯える「小早川秀秋」(こばやかわひであき:金吾中納言秀秋)。

秀秋は、元々「豊臣秀吉」の養子でありながら「関ヶ原の戦い」で、西軍(豊臣軍)を裏切り、東軍(徳川軍)に寝返った人物です。秀秋が真っ先に裏切った相手こそが、大谷。大谷は死に際に、「3年の間に祟ってやる」と、呪いの言葉を遺しました。その言葉通り、秀秋は2年後に急死したのです。

戊辰戦争鳥羽・伏見の戦い)でも、最初は幕府側だったのに突然裏切った人物がいます。その名は、「藤堂高猷」(とうどうたかゆき)。藤堂高猷が新政府軍に転じたのをきっかけに、幕府軍は敗走の道を辿るはめになったのです。これは、先祖「藤堂高虎」が主君を裏切り渡り歩いたことを思い出させ、「藩祖の薫陶」と謗られました。裏切り者は呪われてしまえという、芳年のメッセージが込められているのかもしれません。

なお、タイトル名にある「魁題百撰相」(かいだいひゃくせんそう)とは、作者「月岡芳年」(つきおかよしとし)の画号「一魁斎」(いっかいさい)にちなんでタイトルが付けられた、約65枚あるシリーズ絵。「一魁斎が解題(解説する)百の選相(戦争)」という意味があります。当時、錦絵に時事を描くことが禁止されていたため、戊辰戦争での「彰義隊」(しょうぎたい:旧幕臣。「徳川慶喜」の護衛部隊)の活躍を歴史上の武人に見立てた「謎解き」として、発表されました。

魁題百撰相 金吾中納言秀秋

「魁題百撰相 金吾中納言秀秋」の
浮世絵

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浮世絵師 月岡芳年 浮世絵の題材 小早川秀秋

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