武将浮世絵

うたがわよしつや さく「かわなかじまだいがっせんくみうちづくし やまがたさぶろうひょうえ わたなべえっちゅうのかみ」 歌川芳艶 作「川中島大合戦組討尽 山県三郎兵衛 渡邊越中守」

川中島大合戦組討尽 山県三郎兵衛 渡邊越中守

「川中島大合戦組討尽」(全12枚)は、1857年(安政4年)に、「歌川芳艶」(うたがわよしつや)によって発表されました。本武将浮世絵は、9枚目にあたる物。武田軍「山県三郎兵衛」(やまがたさぶろうべえ)と上杉軍「渡邊越中守」(わたなべえっちゅうのかみ)が取っ組み合いをし、正面からつかみ合っている、迫力のある1枚です。

山県三郎兵衛とは「山県昌景」(やまがたまさかげ)のこと。身長が130~140cmだったという小男で、見てくれはあまり良くなかったが、武力はもちろん、内政・外交にも優れ、武田信玄の片腕として活躍しました。特に、山県隊の「赤備え」(あかぞなえ:鎧兜をすべて赤色で揃えた軍隊)は有名で、敵軍は見ただけで恐ろしく振るえあがったそうです。山県昌景の死後に、「真田幸村」(さなだゆきむら)や「井伊直政」(いいなおまさ)が山県隊の真似をして赤備えにしたと言われています。

一方、「渡邊越中守」(わたなべえっちゅうのかみ)とは、「渡邊越中守兼」(わたなべえっちゅうのかみかねる)のこと。渡邊越中守兼は、現在の広島県福山市に「一乗山城」を築き、「常国寺」を建立。平安時代中期に、羅生門で鬼の肩腕を切り落としたと伝えられる「渡邊綱」(わたなべつな)の一族です。

実は、山県昌景は「川中島の戦い」の第4戦で、上杉軍「鬼小島弥太郎」と一騎討ちをしたという逸話があります。山県昌景は主君「武田義信」の危機を知り、「主君の窮地を助けたいから勝負を預けたい」と願ったことを、鬼小島弥太郎は快諾。鬼小島弥太郎を「花も実もある勇士」と賞賛しました。

しかし、白黒はっきりしている「渡邊越中守」は、そんな話があったとしても聞き入れないに違いありません。血走る目、力む足、両者互角の名勝負です。

川中島大合戦組討尽 山県三郎兵衛 渡邊越中守

「川中島大合戦組討尽 山県三郎兵衛 渡邊越中守」の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 歌川芳艶 浮世絵の題材 川中島の戦い

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