武将浮世絵

つきおかよしとし さく「よしとしむしゃぶるい さがみのかみほうじょうたかとき」 月岡芳年 作「芳年武者无類 相模守北条高時」

芳年武者无類 相模守北条高時

本武将浮世絵の中央で、扇子片手に舞を舞っているのは、鎌倉幕府14代執権を務めた武将「北条高時」(ほうじょうたかとき)。

北条高時は、9歳のときに父・北条貞時(ほうじょうさだとき)を亡くし、1316年(正和5年)に執権の座に就きます。それは、奇しくも北条貞時が9代執権になったときと同じ、14歳の頃。しかし、まだ少年であった北条高時が満足に政務を行なうことは難しく、北条高時の後見を務めていた御家人「安達時顕」(あだちときあき)や内管領(ないかんれい/うちのかんれい:得宗[とくそう:北条氏嫡流の当主]の家臣における筆頭)の「長崎円喜」(ながさきえんき)らが、幕政の実権を握っていました。

そのため北条高時は、政務よりも田楽(でんがく:田植えの際に、豊作を祈願した歌舞が原形となった伝統芸能)や闘犬といった道楽に勤しんでいたのです。

本武将浮世絵で描かれているのは、酒に酔った北条高時が田楽に興じていたところ、どこからか天狗や背に翼のある山伏、トンビのようにくちばしの曲がった化け物が現われ、共に踊り始めたという場面。これは、南北朝時代を舞台にした軍記物語「太平記」(たいへいき)に記された逸話がモチーフになっており、この舞の最中に、「妖霊星(ようれいぼし)を見ばや」という歌が聴こえてきたと言います。「妖霊星」は、不吉なことが起こる前兆として伝えられる彗星です。

実際に、1333年(南朝:元弘3年/北朝:正慶2年)に起きた上野国(こうずけのくに:現在の群馬県)の御家人「新田義貞」(にったよしさだ)の鎌倉攻めにより、北条高時を含む北条氏一族のほとんどが自害。その結果、北条高時は最後の得宗となり、鎌倉幕府が滅びるという憂き目に遭っています。

本武将浮世絵の作者「月岡芳年」(つきおかよしとし)の画風は、師の「歌川国芳」(うたがわくによし)譲りの華麗な色使いが特徴。本武将浮世絵の題材は、北条氏が辿る衰退の一途を暗示する物ですが、登場人物の着物や髪の毛などには、多彩で鮮やかな色が用いられており、その対比が、退廃することの美しさを感じさせる作品です。

芳年武者无類 相模守北条高時

「芳年武者无類 相模守北条高時」の
浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 月岡芳年 浮世絵の題材 北条高時

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