武将浮世絵

うたがわよしとら さく「だいにほんえいゆうかいきょう あけちさまのすけみつとし」 歌川芳虎 作「大日本英勇魁競 明智左馬之助光俊」

大日本英勇魁競 明智左馬之助光俊

本武将浮世絵は、戦国武将「明智左馬之介光俊」(あけちさまのすけみつとし)が、坂本城へ戻るために騎乗したまま琵琶湖へ突入した「明智左馬助の湖水渡り」の場面を描いた絵図。

明智左馬之介光俊は、「明智光秀」の娘婿であり重臣の「明智秀満」(あけちひでみつ)のことです。1582年(天正10年)、明智光秀は「本能寺の変」で「織田信長」を討ったあと、「豊臣秀吉」と「山崎の戦い」で対峙しました。戦いは、圧倒的兵力差により明智光秀軍が敗走し、その後、明智光秀は落ち武者狩りに遭って討死。さらに拠点としていた坂本城も落城の危機に晒されます。

これを受けて明智秀満は急遽、坂本城へと向かいますが、その矢先に豊臣秀吉軍の「堀秀政」と激突。多くの兵を討たれて窮地に立たされた明智秀満は、騎乗したまま琵琶湖へと飛び込み、無事に対岸まで到着すると坂本城へ向けて再び駆けて行ったのです。

本武将浮世絵の作者は、江戸時代末期から明治時代中期に活躍した浮世絵師「歌川芳虎」(うたがわよしとら)。武者絵の他、美人画や相撲絵、当時は珍しかった外国の風景絵なども手掛けた才人で、1868年(明治元年)に行なわれた「絵師番付」では、同じ「歌川国芳」門人の「歌川貞秀」に次いで2位を獲得しています。

大日本英勇魁競 明智左馬之助光俊

大日本英勇魁競 明智左馬之助光俊の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 歌川芳虎 浮世絵の題材 明智秀満

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