武将浮世絵

みずのとしかた さく「きょうどうりっしのもとい なわながとし」 水野年方 作「教導立志基 名和長年」

教導立志基 名和長年

本武将浮世絵の中央に立っているのは、伯耆国名和(ほうきのくに・なわ:現在の鳥取県西伯郡大山町名和)の豪族であった「名和氏」の当主であり、南北朝時代初期の武将「名和長年」(なわながとし)。名和長年が着用している甲冑(鎧兜)大袖(おおそで)には、名和氏の家紋である帆掛舟の意匠が配されています。

鎌倉幕府の討幕を図ったことで、隠岐島(おきのしま:現在の島根県隠岐諸島)へ流罪となったのちに脱出して来られた「後醍醐天皇」(ごだいごてんのう)を、伯耆国の船上山(せんじょうさん)へ迎えた名和長年は、後醍醐天皇と共に鎌倉幕府軍と戦い、勝利を果たします。その武功により名和長年は、後醍醐天皇から伯耆国を与えられ、「伯耆守」(ほうきのかみ)に任じられました。

そして1333年(元弘3年/正慶2年)、京都に戻られた後醍醐天皇は、自ら政治を執り行なう「建武の新政」(けんむのしんせい)を開始。このときから名和長年は、近侍(きんじ:主君の傍近くに仕える職務の人)の武将として、後醍醐天皇に仕えることになります。

本武将浮世絵は、1336年(建武3年/延元元年)に「足利尊氏」軍と、「新田義貞」(にったよしさだ)と「楠木正成」(くすのきまさしげ)率いる後醍醐天皇方の官軍が対立した「湊川の戦い」(みなとがわのたたかい)に敗れ、宮中に向かって無念の表情を浮かべる名和長年の姿を描いた作品です。

本武将浮世絵の作者である「水野年方」(みずのとしかた)は、「月岡芳年」(つきおかよしとし)に師事した浮世絵師。水野年方は、いわゆる「無惨絵」(むざんえ)で一世を風靡した師の月岡芳年とは異なり、落ち着きと気品が感じられる画風を得意としていました。

「教導立志基」(きょうどうりっしのもとい)は、1883~1889年(明治16~22年)に刊行された「教訓絵」シリーズ。水野年方の他、月岡芳年や「井上探景」(いのうえたんけい)、「小林清親」(こばやしきよちか)など、明治時代を代表する著名な浮世絵師たちが筆を執った、合作の揃物(そろいもの)です。

教導立志基は、明治政府が打ち出した教化方針のもとに制作されており、本武将浮世絵に描かれた名和長年のように、主君に忠義を尽くして立身出世を果たした人物が、それぞれの画題として取り上げられています。

教導立志基 名和長年

教導立志基 名和長年の浮世絵

※写真はクリックすると、拡大してご覧頂けます。
画面を縦長で利用し、写真をクリックするとより大きな写真がご覧頂けます。
なお、画面の向きをロックしている場合は解除が必要です。

詳細情報

浮世絵師 水野年方 浮世絵の題材 名和長年

関連浮世絵のご紹介

海外でも人気のある浮世絵の魅力を皆様にお届けするサイト「刀剣ワールド浮世絵」のコンテンツ「武者絵(合戦浮世絵/侍・武将浮世絵)」の「教導立志基 名和長年」ページです。
歴史に名を残す合戦や大名を描いた作品を、数々の浮世絵を手がけた浮世絵師と、描かれた合戦・武将名を合わせて紹介しています。激しい合戦の様子などを力強く描いた「武者絵」の魅力を、解説と共にご覧下さい。
「刀剣ワールド浮世絵」には、浮世絵の基礎知識をはじめ、浮世絵の歴史や有名な浮世絵師など、浮世絵に関する情報が盛りだくさん。東海道五十三次の浮世絵はもちろん、武者絵(合戦浮世絵/侍・武将浮世絵)や役者浮世絵(歌舞伎絵)、皇族浮世絵、戦争絵といった一般財団法人「刀剣ワールド財団」が所有する浮世絵の写真・画像をご覧頂けるサイトです。この他、浮世絵YouTube動画・映像や浮世絵カレンダーといったコンテンツも充実していますので、ぜひ「刀剣ワールド浮世絵」で浮世絵の魅力をお楽しみ下さい。

もっと見る▼