合戦浮世絵

うたがわよしとら さく「あわづかっせん ともえごぜん」 歌川芳虎 作「粟津合戦 巴御前」

粟津合戦 巴御前

本合戦浮世絵に描かれているのは、1184年(寿永3年)に「源義仲」(みなもとのよしなか:別名「木曽義仲」[きそよしなか])と、「源頼朝」(みなもとのよりとも)の命を受けた東国諸将が戦った「粟津の戦い」(あわづのたたかい)ですが、源義仲は登場していません。

白馬に乗った中央の女武者が、源義仲の愛妾「巴御前」(ともえごぜん)。「宇治川の戦い」で敗れて近江国(現在の滋賀県)粟津まで逃げ延びた源義仲に付き従ってきました。源義仲は、巴御前に逃げるよう諭し、巴御前はしぶりますが、最後には、追いすがる敵将の首をねじ切って走り去っていったのです。

巴御前の離脱により残ったのは、源義仲と、本合戦浮世絵右側に猛将として表されている「今井兼平」(いまいかねひら)の2人。今井兼平は、源義仲の乳兄弟で、巴御前の兄です。こののち、源義仲が敵に討たれたのを見て、今井兼平も自害します。

一方、本合戦浮世絵左側で巴御前と松の木を押し合っているように見える武将は、源頼朝の家臣「和田義盛」(わだよしもり)です。実際には粟津の戦いには参戦していませんが、鎌倉まで逃れた巴御前を妻にしたと言われていることから、ここに描かれたと考えられています。

制作者は、江戸時代末期から明治時代中期に活躍した「歌川芳虎」(うたがわよしとら)。気性の荒い性格だったと伝えられ、師である「歌川国芳」(うたがわくによし)には破門されますが、その後も活動を続け人気を博しました。

粟津合戦 巴御前の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 歌川芳虎 浮世絵の題材 粟津の戦い

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