武将浮世絵

うたがわとよのぶ さく「しんせんたいこうき ふぎのけいりゃくてきちゅうせず」 歌川豊宣 作「新撰太閤記 不義の計略的中せず」

新撰太閤記 不義の計略的中せず

本武将浮世絵は、1568年(永禄11年)に起きた「永禄の変」の直後を描いた作品です。右手前の「和田伊賀守惟政」(わだいがのかみこれまさ)が、「足利義昭」(あしかがよしあき)を背負って救出し、自邸に匿おうとしている緊迫した場面。

永禄の変とは、室町幕府13代将軍「足利義輝」が、「松永久通」(松永久秀の嫡男)や三好三人衆によって殺害された事件です。松永久通や三好三人衆は、足利義輝の弟・足利義昭を興福寺(現在の奈良県)に幽閉し、室町幕府14代将軍として「足利義栄」を擁立しました。

和田伊賀守惟政は、足利義輝の幕臣。しかし、ちょうどこのとき、足利義輝の機嫌を損ね、故郷の和田村(現在の滋賀県甲賀市)で謹慎をしていたのです。

ところが、この事件を知り、和田伊賀守惟政は幽閉されていた足利義昭を救出します。このあと、14代将軍・足利義栄が突然病死。救出された足利義昭は、織田信長に擁立され、室町幕府15代将軍に就任したのです。結果として、松永久通や三好三人衆が起こした不義の計略は成功しませんでした。

本武将浮世絵を描いたのは、明治時代浮世絵師歌川豊宣」(うたがわとよのぶ)。「歌川豊国(三代)」(襲名前の名は歌川国貞)の孫で、武者絵、役者絵を得意としましたが、28歳という若さで夭折しました。

新撰太閤記 不義の計略的中せずの浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 歌川豊宣 浮世絵の題材 和田惟政

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