合戦浮世絵

ようさいのぶかず さく「しげもりよしひらししんでんがいせんのず」 楊斎延一 作「重盛義平紫宸殿外戦之図」

重盛義平紫宸殿外戦之図

本合戦浮世絵は、「保元の乱・平治の乱」における合戦のひとつ「待賢門の戦い」(たいけんもんのたたかい)を描いた絵図。

待賢門の戦いは、平安京「大内裏」(おおだいり:平安京における皇居全域)の東側にある門「待賢門」付近で起きた合戦のこと。画題の「紫宸殿」(ししんでん:「紫震殿」とも書く)は、内裏(だいり:天皇が住む御殿)の名称です。

絵図の左側にいるのは、「源頼朝」や「源義経」の異母兄「源義平」(みなもとのよしひら)。絵図中央で源義平からの攻撃を防いでいるのは、「平清盛」の嫡男「平重盛」(たいらのしげもり)。

源義平は、「平治の乱」を舞台にした軍記物語「平治物語」の主人公で、当時19歳という年齢でありながらも数々の戦に出陣し、1度も負け戦を経験したことがない猛将として知られています。

待賢門の戦いにおいては、「源義朝」、及び「藤原信頼」(ふじわらののぶより)を倒すために500騎の兵を率いて襲いかかって来た平重盛軍を相手に、わずか17名の精鋭と共に暴れまわりました。

本合戦浮世絵の作者は、明治時代浮世絵師楊斎延一」(ようさいのぶかず)。楊斎延一は、1872年(明治5年)から1944年(昭和19年)まで生きた浮世絵師ですが、絵を描いた期間は1887年(明治20年)頃から1907年(明治40年)頃までだったと言われています。

「日清戦争」や「日露戦争」を中心とした戦争浮世絵を得意とした一方で、「美人画」、「風俗画」(庶民の生活風景に焦点を当てた絵)、「東京名所」など、幅広く制作していました。

重盛義平紫宸殿外戦之図の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 楊斎延一 浮世絵の題材 保元の乱・平治の乱

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