武将浮世絵

おちあいよしいく さく「たいへいきえいゆうでん ふくしまさえもんだゆうまさのり」 落合芳幾 作「太平記英勇伝 福島左衛門太夫正則」

太平記英勇伝 福島左衛門太夫正則

本武将浮世絵(武者絵)は、「豊臣秀吉」子飼いの武将で「賤ヶ岳の七本槍」のひとりに数えられる「福島正則」を描いた絵図。

福島正則は、幼少時から小姓として豊臣秀吉に仕え、数々の戦で活躍した戦国武将です。「関ヶ原の戦い」直前までは、豊臣方として忠義を尽くしていましたが、豊臣秀吉が没したあとから「石田三成」との関係が悪化。

関ヶ原の戦いでは「徳川家康」方に就き、合戦後は「大坂城」接収に尽力し、その功績が認められて安芸国(現在の広島県西部)と備後国(びんごのくに:現在の広島県東部)の49万8,000石を安堵されました。

なお、福島正則は酒癖が悪かったことでも知られています。「黒田長政」の家臣「母里友信」(もりとものぶ)が使者として訪れた際に、大杯に注がれた酒を飲むように強要し、飲み干せたなら褒美をなんでも取らせると約束しました。

しかし、母里友信は酒豪であったため、呆気なく酒を飲み干してしまいます。母里友信が褒美として所望したのは、天下三名槍のひとつで、福島正則が豊臣秀吉から拝領した名日本号」(にほんごう/ひのもとごう)。福島正則は、男に二言はないと言い放ち、日本号を譲り渡したという逸話があり、この話から日本号は別名「呑み取りの槍」とも呼ばれています。

本武将浮世絵(武者絵)の作者は、幕末時代から明治時代にかけて活躍した浮世絵師「落合芳幾」。落合芳幾は、「歌川国芳」に師事し、同じく門下の「月岡芳年」とは兄弟弟子の関係にあり、一時は月岡芳年と人気を二分したと言われています。浮世絵以外にも手腕を発揮した人物で、新聞に錦絵を載せる「新聞錦絵」の先駆者としても有名です。

太平記英勇伝 福島左衛門太夫正則

太平記英勇伝 福島左衛門太夫正則の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 落合芳幾 浮世絵の題材 福島正則

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