武将浮世絵

うたがわよしふさ さく「みたてじっかん かわなかのつち やまもとどうき」 歌川芳房 作「見立十支 川中の土 山本道鬼」

見立十支 川中の土 山本道鬼

本武将浮世絵(武者絵)の右側、長を持ち、両足を開いて踏ん張るように立っているのは、戦国武将の「山本勘助」(やまもとかんすけ)。

本武将浮世絵(武者絵)のタイトルにある「道鬼」(どうき)は、山本勘助が出家したあとに称していた号です。兵法に優れていた武士であった山本勘助は、「武田信玄」の軍師として活躍していました。

また、タイトルの「川中」(かわなか)は、武田信玄と「上杉謙信」(うえすぎけんしん)のあいだで勃発した「川中島の戦い」を意味すると推測が可能。同合戦は、1553年(天文22年)より5回に亘って繰り広げられています。

本武将浮世絵(武者絵)では、山本勘助の体中にいくつも矢が刺さり、血みどろになって苦痛にゆがむ表情を浮かべていることから、川中島の戦いの中でも、武田信玄と上杉謙信が直接対決を果たした最大の激戦であり、山本勘助が討死を遂げたと伝わる、1561年(永禄4年)の第4次の戦いを描写していることが窺えるのです。

本武将浮世絵(武者絵)を描いたのは、江戸時代末期に活動した「歌川芳房(一宝斎)」(うたがわよしふさ[いっぽうさい])。歌川芳房は、人気浮世絵師「歌川国芳」(うたがわくによし)の門下に入り、人情本(庶民の色恋沙汰などを主題としたジャンルの本)の挿絵を手掛けるなどしていましたが、24歳の若さでこの世を去っています。そのため、現代まで伝わる作品の数は少なく、本武将浮世絵(武者絵)は、そう言った意味でも貴重な1枚です。

見立十支 川中の土 山本道鬼

「見立十支 川中の土 山本道鬼」の
浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 歌川芳房 浮世絵の題材 山本勘助

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