武将浮世絵

つきおかよしとし さく「つきひゃくし いなばやまのつき」 月岡芳年 作「月百姿 稲葉山の月」

月百姿 稲葉山の月

本武将浮世絵において、必死に崖をよじ登っているのは、戦国武将の「蜂須賀又十郎」(はちすかまたじゅうろう)。

織田信長」が美濃(現在の岐阜県南部)侵攻を進めていた中で、「斎藤氏」との対立に備えてその拠点とするため、1561年(永禄4年)、もしくは1566年(永禄9年)に、家臣の「木下藤吉郎」(きのしたとうきちろう:のちの「豊臣秀吉」)に「墨俣城」(すのまたじょう:現在の岐阜県大垣市)の築城を命じます。

木下藤吉郎は、一夜とは言わないまでも、ごくわずかな期間で同城を完成させたと伝えられており、蜂須賀又十郎は兄の「蜂須賀正勝」(はちすかまさかつ)と共に、この築城に協力した人物です。

本武将浮世絵で描かれているのは、1567年(永禄10年)、「斎藤龍興」(さいとうたつおき)の居城であり、のちに「岐阜城」と改称される「稲葉山城」(いなばやまじょう:現在の岐阜県岐阜市)を織田信長が陥落した「稲葉山城の戦い」での一場面。前述した墨俣城は、同合戦の勝利に大きく貢献したお城でした。

同合戦に際して木下藤吉郎は、稲葉山城の搦め手(からめて)から潜入する作戦を決行します。このとき木下藤吉郎は、7人の手下を引き連れており、蜂須賀又十郎はその中のひとりとして活躍。本武将浮世絵に描かれているように、木下藤吉郎の手下達は、それぞれにお酒の入った瓢箪を背負い、敵の姿に偽装したのです。

本武将浮世絵を制作したのは、血みどろで残酷な「無惨絵」で高い評価を受けていた浮世絵師の「月岡芳年」(つきおかよしとし)。本武将浮世絵は、月岡芳年が晩年に手掛けた連作「月百姿」(つきひゃくし)における作品のひとつ。

このシリーズは、それぞれの画題に月を関連付けることを主題としており、本武将浮世絵に描かれている月は、主役である蜂須賀又十郎と同じくらいの大きさで、大胆に描かれています。他の浮世絵には観られないこのような構図により、月岡芳年の真骨頂が大いに発揮されている作品です。

月百姿 稲葉山の月

月百姿 稲葉山の月の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 月岡芳年 浮世絵の題材 蜂須賀又十郎

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