合戦浮世絵

つきおかよしとし さく「たいへいきない
さいとうくらのすけかくれながらましばぜいとたたかうず」
月岡芳年 作「太平記内
菜藤久良之輔隠家而真柴勢と大戦ふ図」

太平記内 菜藤久良之輔隠家而真柴勢と大戦ふ図

本武将浮世絵は、1582年(天正10年)「山崎の戦い」の一場面を描いています。山崎の戦いは「本能寺の変」のあとに起こった戦で、「明智光秀」軍と「羽柴秀吉」(のちの「豊臣秀吉」)軍による戦いです。

本武将浮世絵の中央、日本刀を前方に突き出しているのは、明智光秀の重臣「斎藤利三」(さいとうとしみつ)という人物。斎藤利三が、多くの武者達に囲まれながらも、髪を振り乱し健闘する姿からは、戦場の鬼気迫る状態が伝わります。

斎藤利三は、1534年(天文3年)美濃国(現在の岐阜県)に誕生し、幾度も主を変えたのち明智光秀の家臣となりました。明智光秀の家臣となってからは、丹波国(現在の兵庫県篠山市)「黒井城」(現在の兵庫県丹波市)城主となり、明智家の筆頭家老に任命されるなど、重要な役職を担うようになります。

そして斎藤利三は、「本能寺の変」決行について、唯一難色を示し、中止するよう明智光秀を諫めた人物であり、それでも最期まで明智光秀に付き従った忠臣でもありました。

本武将浮世絵の作者「月岡芳年」(つきおかよしとし)は、江戸時代末期から明治時代前期に活躍した浮世絵師

月岡芳年は、歴史絵、役者絵、美人画など、多種多様な浮世絵を生みだし、各分野において個性的な作風を持っていました。なかでも、陰惨な場面を表現した「無惨絵」をひんぱんに描いていたことから「血まみれ芳年」と呼ばれ、作家の「江戸川乱歩」や「芥川龍之介」などにも影響を与えたと言われています。

太平記内 菜藤久良之輔隠家而真柴勢と大戦ふ図の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 月岡芳年 浮世絵の題材 斎藤利三
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

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