合戦浮世絵
うたがわよしとみ さく「あにがわだいかっせんうらくずれず」 歌川芳富 作「兄川大合戦裏崩図」 - 刀剣ワールド

本合戦浮世絵に描かれた「兄川大合戦」とは、1570年(永禄13年/元亀元年)に北近江(現在の滋賀県長浜市)で起こった「姉川の戦い」のこと。
本絵図では、姉川の戦いのなかでも特に激戦となった「金ヶ崎の退き口」(かねがさきののきくち:金ヶ崎崩れ、金ヶ崎の戦いとも)で、殿(しんがり)となった「豊臣秀吉」軍の活躍が描かれています。
姉川の戦いとは、将軍「足利義昭」を奉じて上洛を果たした「織田信長」と、反織田勢力である「朝倉義景」(あさくらよしかげ)の間で起こった合戦です。
織田信長が、織田軍と対立した朝倉氏への侵攻を開始すると、朝倉氏と縁の深かった「浅井長政」が織田軍から離反。織田軍は、朝倉軍と浅井軍から挟み撃ちにされ、撤退を余儀なくされました。この際、豊臣秀吉率いる殿軍が、織田信長の率いる本隊の撤退を援護したのです。
作者の「歌川芳富」(うたがわよしとみ)は、江戸時代末期から明治時代初期にかけて活躍した浮世絵師「歌川国芳」(うたがわくによし)の門人。
師・歌川国芳が亡くなったときに、歌川国芳の「死絵」(しにえ:人気のあった俳優や小説家、画家などが死亡したときに刊行された浮世絵)を描いたことで知られています。明治維新後、横浜に移住し、異国文化を主題とした「横浜絵」を多く描きました。