武将浮世絵

みずのとしかた さく「なんこうおやこさくらいえきけつべつのず」 水野年方 作「楠公父子櫻井驛訣別之図」

楠公父子櫻井驛訣別之図

本武将浮世絵は、南北朝時代の軍記物語「太平記」に登場する名場面「桜井駅の別れ」が描かれています。武将「楠木正成」(くすのきまさしげ)が、長男「楠木正行」(くすのきまさつら)に「帰郷して、父亡きあとも帝のために身命をつくすように」と諭し、今生の別れを告げるところ。

1333年(元弘3年)の鎌倉幕府滅亡後、「後醍醐天皇」は建武の新政(けんむのしんせい)を行ないましたが、専制政治であったため武士達からの不満が爆発。そこに立ち上がったのが、のちに室町幕府初代将軍となる「足利尊氏」でした。足利尊氏は、10万の軍勢を率いて出陣。楠木正成は後醍醐天皇に和睦をするよう進言しますが受け入れられず、死を覚悟して1336年(建武3年/延元元年)「湊川の戦い」に出陣します。その結果、楠木正成は討死。父から別れを告げられた楠木正行は、成人して南朝の柱石として活躍し、1348年(貞和4年[北朝]/正平3年[南朝])「四条畷の戦い」(しじょうなわてのたたかい)で討死するまで、父の遺志の通り、帝に身命を尽くしたのです。

本浮世絵を描いたのは、「水野年方」(みずのとしかた)。「月岡芳年」(つきおかよしとし)に師事して歌川派の浮世絵を学び、「柴田芳洲」(しばたほうしゅう)に南画、「渡辺省亭」(わたなべせいてい)に花鳥画を習いました。風俗画、美人画、歴史画を得意とし、挿絵画家としても人気です。

楠公父子櫻井驛訣別之図の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 水野年方 浮世絵の題材 楠木正成

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