合戦浮世絵

みずのとしかた さく「むらかみよしてるいもせにきんきうばいかえすず」 水野年方 作「村上義光芋瀬二錦旗奪返ス図」

村上義光芋瀬二錦旗奪返ス図

本合戦浮世絵には、1331年(元徳3年/元弘元年)に起こった「元弘の乱」(げんこうのらん)において、「護良親王」(もりよし/もりながしんのう:「大塔宮」[おおとうのみや])に付き従っていた武士「村上義光/義日」(むらかみよしてる)が、朝敵(ちょうてき:天皇と朝廷の敵)討伐の証しである「錦の御旗」(にしきのみはた)を、敵方から奪い返そうとする様子が描かれています。

元弘の乱は、96代天皇「後醍醐天皇」が、鎌倉幕府討幕を掲げて起こした反乱です。護良親王一行が笠置(かさぎ:現在の京都府南部)へ逃亡し、さらに熊野(くまの:現在の和歌山県南部及び、三重県南部)へ向かう道中で、十津川村(とつかわむら:現在の奈良県吉野郡)の土豪「芋瀬庄司」(いもせしょうじ)とその一党に遭遇。この時、芋瀬庄司は、鎌倉幕府側に与しようとしており、その従者により、護良親王の錦の御旗が奪われてしまったのです。

その後、護良親王一行のあとを追って来た村上義光が、錦の御旗を所持した芋瀬庄司の一党を発見。激怒した村上義光は、本合戦浮世絵で描かれているように鬼の形相で従者と対峙し、その旗を取り返しました。

本合戦浮世絵を手掛けた「水野年方」(みずのとしかた)は、14歳の頃に「月岡芳年」(つきおかよしとし)の門下に入った明治時代浮世絵師。「無惨絵」(むざんえ)でその才能を発揮した師の激烈な作風とは対照的に、柔和で品のある作風を得意としていました。

村上義光芋瀬二錦旗奪返ス図の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 水野年方 浮世絵の題材 元弘の乱

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