武将浮世絵

つきおかよしとし さく「しんけいさんじゅうろっかいせん ためとものぶい
とうきじんをしりぞくず」
月岡芳年 作「新形三十六怪撰 為朝の武威
痘鬼神を退くの図」

新形三十六怪撰 為朝の武威 痘鬼神を退くの図

本武将浮世絵の右側に描かれている、弓矢を背に担いだ武将は、1156年(久寿3年/保元元年)に勃発した「保元の乱」(ほうげんのらん)で敗走し、「伊豆大島」(いずおおしま)への流刑を科せられた「源為朝」(みなもとのためとも)。

左上の子どもを背負った老婆は、当時の人々を苦しめた疫病・疱瘡(ほうそう:別称「天然痘」[てんねんとう])の悪神です。

疱瘡にかかってしまった子どもの親達が、「豪勇無双」と評されていた源為朝の強さで、「痘鬼神」(とうきじん:疱瘡を擬神化した悪神)を退治してほしいという願いが込められた作品であると考えられています。

本武将浮世絵を描いた浮世絵師月岡芳年」(つきおかよしとし)は、「無残絵」で絶大な人気を誇っていた一方で、その生涯を通じて、「妖怪」を画題とすることに尽力していました。

この作品を含む「新形三十六怪撰」は、1889年(明治22年)から出版された、36点の「妖怪画」から成る連作。月岡芳年の晩年における代表作であるこのシリーズは、月岡芳年が長年に亘って力を注いだ妖怪画の集大成とも言えるのです。

なお、画面の枠がひどく傷んでいるように見えるのは、実は最初から施されていた加工。その理由は定かではありませんが、一説には、精神を患っていた月岡芳年が見た幻覚を表現しているのではないかと伝えられています。

新形三十六怪撰 為朝の武威 痘鬼神を退くの図

「新形三十六怪撰 為朝の武威 痘鬼神を退くの図」の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 月岡芳年 浮世絵の題材 源為朝

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