合戦浮世絵

つきおかよしとし さく「なんこうちはやろうじょうのず」 月岡芳年 作「楠公千早籠城之図」

楠公千早籠城之図

本合戦浮世絵は、1333年(元弘3年[南朝]/正慶2年[北朝])、戦国武将楠木正成」(くすのきまさしげ)が鎌倉幕府と戦った「千早城の戦い」を描いた1枚です。

鎌倉幕府軍100万の兵が、楠木正成と護良親王(後醍醐天皇の嫡男)の立て籠もる「千早城」(現在の大阪府南河内郡)へと攻め入る場面。楠木正成軍はわずか1,000人でしたが、楠木正成の知略によって、楠木軍が勝利したと伝えられています。

鎌倉幕府の討幕を企てた「後醍醐天皇」(ごだいごてんのう)は、1324年(正中元年)「正中の変」(しょうちゅうのへん)、1331年(元弘元年)「元弘の変」を起こしますが失敗に終わり、隠岐島(現在の島根県隠岐郡)に島流しとなりました。

しかし、後醍醐天皇に味方した楠木正成が、千早城の戦いで勝利したことによって、鎌倉幕府に不満を抱いていた諸国の官軍を鼓舞。「足利尊氏」(あしかがたかうじ)、「新田義貞」(にったよしさだ)によって鎌倉幕府は滅亡し、後醍醐天皇による「建武の新政」(けんむのしんせい)が実現したのです。

本合戦浮世絵を描いたのは、「月岡芳年」(つきおかよしとし)。京都の画家「月岡雪斎」(つきおかせっさい)の養子となりましたが、12歳のときに武者絵を得意とした浮世絵師歌川国芳」(うたがわくによし)に入門。武者絵、歴史絵、新聞挿絵を描き、幕末から明治時代にかけて活躍しました。

楠公千早籠城之図の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 月岡芳年 浮世絵の題材 千早城の戦い
代表的な
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

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