武将浮世絵

うたがわよしとら さく「ぎししじゅうななにん」 歌川芳虎 作「義士四拾七人」

義士四拾七人

本武将浮世絵は、江戸時代中期の元禄年間(1688年から1704年)に起こった、「赤穂事件」において、「吉良上野介」(きらこうずけのすけ)の邸宅に討ち入りを果たした47人の播磨国赤穂藩(現在の兵庫県赤穂市相生市上郡町周辺)の家臣達を描いた作品です。

赤穂事件とは、吉良上野介に対し江戸城内で刀傷事件を起こした赤穂藩藩主「浅野内匠頭」(あさのたくみのかみ)が処刑されたことを受け、仇討ちのために「大石内蔵助」(おおいしくらのすけ)をはじめとする赤穂藩の家臣が、吉良上野介を討ち取った事件のことを言います。

この赤穂事件は、のちに歌舞伎の演目のひとつ「仮名手本忠臣蔵」のもととなり、主君の仇討ちを果たした義士47人を描いた作品は、人気のモチーフとなりました。

作者の「錦朝楼芳虎」(きんちょうろうよしとら)は、別号「歌川芳虎」として知られている江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した浮世絵師です。「武者絵の国芳」と異名を取る「歌川国芳」(うたがわくによし)に師事し、歌川芳虎自身も「武者絵」や「美人画」を得意としましたが、1858年(安政5年)には師・歌川国芳により、破門とされています。

しかし、その後も師の偏諱(へんき:師などの名前の一文字を与えること)を受けた「芳虎」を名乗り、1867年(慶応3年)のパリ万博では、「歌川貞秀」(うたがわさだひで)と共に美人画を描きました。

義士四拾七人の浮世絵

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詳細情報

浮世絵師 歌川芳虎 浮世絵の題材 赤穂浪士

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