「刀剣ワールド浮世絵」では、日本を代表する有名な浮世絵師たちについてご紹介しています。浮世絵師の生い立ちや浮世絵を描くことになったきっかけ、有名な浮世絵作品が生まれた背景、晩年の浮世絵師などを解説しました。
浮世絵師たちのエピソードは作品のイラストや写真掲載しています。現代でも国内・国外問わず人気を博す浮世絵。作品だけなく、浮世絵を描いた浮世絵師についても知りたい方はぜひご覧下さい。

浮世絵師とは

浮世絵師とは、江戸時代の始まりとともに生まれた「浮世絵」を描く職人のことです。
浮世絵を作り出したのは「菱川師宣」(ひしかわもろのぶ)と言われていて、挿絵としてしか認識されていなかった浮世絵を、1枚の絵画として独立させ価値を高めました。
菱川師宣以降も、「婦女人相十品 ポッピンを吹く娘」で知られる「喜多川歌麿」(きたがわうたまろ)や、「富嶽三十六景」で人々を魅了した「葛飾北斎」(かつしかほくさい)、斬新でユニークな作風が特徴の「歌川国芳」(うたがわくによし)など、有名な浮世絵師たちが数多く登場しています。
特に葛飾北斎は、モネやゴッホらヨーロッパの画家たちに影響を与え、「ジャポニズム」というブームを作りました。有名な浮世絵師たちは、日本国内だけでなく、世界からも高い評価を得ており、海外の美術館にも多くその作品が展示されています。

葛飾北斎と言えば、江戸時代を代表する浮世絵師。日本国内のみならず世界でも高評価を受け、「ジャポニズム」という現象まで巻き起こしました。そんな天才と呼ばれた葛飾北斎について、その生涯や作品についてなど、様々なエピソードをご紹介します。

「芸術は男の世界」であることが、常識だった江戸時代。浮世絵も例外ではなく、同時代に活躍した名立たる浮世絵師のほとんどは男性です。しかし、特異な境遇から浮世絵に触れ、才能を発揮した女性がいました。それは「葛飾応為」(かつしかおうい)。偉大なる「葛飾北斎」(かつしかほくさい)の娘です。嫁ぎ先から戻って以降、葛飾北斎の晩年を支え続け、共同制作の浮世絵を残しました。自身のみで手掛けた作品数は少ないながらも、浮世絵界に新風を吹き込んだ葛飾応為。魅力溢れる代表作をご紹介すると共に、男勝りな性格や、父・葛飾北斎との逸話を紐解きながら、謎に包まれたその生涯にも迫っていきます。

「菱川師宣」(ひしかわもろのぶ)は、それまで本の挿絵でしかなかった浮世絵版画をひとつの作品と捉え直し、「浮世絵」と言うジャンルを確立した人物です。この功績から「浮世絵の祖」と呼ばれることとなった菱川師宣は、どんな時代に生き、どのような生涯を送ったのでしょうか。菱川師宣の作品やエピソードとともに解説します。

美人画と言えば「喜多川歌麿」(きたがわうたまろ)。国内での評価はもとより、海外では「葛飾北斎」(かつしかほくさい)と並び著名な浮世絵師です。しかし、その芸術活動は幕府の禁制との闘いでもありました。そんな喜多川歌麿の波乱万丈の人生や生み出され続けた数々の美人画をご紹介します。

幕末の人気浮世絵師であった「歌川国芳」。「武者絵の国芳」と称されるほど人気であった武者絵に加え、多くの作品に見られるその発想力やユーモアは江戸時代だけでなく、現在の人々をも魅了しています。ここでは、歌川国芳の生涯や作品、エピソードをご紹介します。

「織田がつき 羽柴がこねし天下餅 座りしままに食うは徳川」という風刺の歌をご存じでしょうか。「織田信長」や「豊臣(羽柴)秀吉」の尽力により成し遂げられた天下泰平の恩恵を「徳川家康」が独り占めしているという有名な風刺です。これを徳川の治世下である江戸時代に浮世絵にした驚きの浮世絵師がいます。その名も「歌川芳虎」(うたがわよしとら)。「歌川国芳」(うたがわくによし)の門下にして幕末の人気浮世絵師でした。幕末とは言え封建社会の江戸時代に、これほど痛烈な風刺を芸術で行なった歌川芳虎。その波乱の生涯や作品をご紹介します。

「東海道五十三次」は、日本人なら誰もが知る浮世絵の傑作であり、不朽の名作のひとつです。そこに描かれた東海道の風景は発表当時から好評を博し、江戸に空前の旅行ブームを引きおこしました。さらにその余波は日本国内にとどまらず、19世紀後半にはヨーロッパ美術界におけるジャポニスムの火付け役にもなったのです。 「歌川広重」の名は世界に轟きました。いまや浮世絵界に止まらず世界の美術史でも取り上げられる歌川広重の生涯と魅力的な風景画の数々、そして風景画以外の領域での活躍をご紹介します。

「初代 歌川豊国」(うたがわとよくに)の門人であり、若くしてその才能を開花させた歌川国貞。師に「自分を追い抜く存在」として認められ、現代に続く「歌川豊国」の3代目襲名者となります。同世代の「歌川広重」(うたがわひろしげ)や「歌川国芳」(うたがわくによし)と並んで、江戸時代後期において、一二を争うほどの人気を誇った歌川国貞。役者絵や美人画、春画、さらには武者絵、風景画と様々なジャンルで、後世に残る優れた作品を残しました。そんな歌川国貞の生涯やエピソードをご紹介します。

1999年(平成11年)、「6代目歌川豊国」が90歳代で大学へ入学したことが話題になりました。 現代まで続く浮世絵の名門「歌川豊国」、そのルーツは江戸中期の町人文化全盛の時代にあります。文化の中心が上方から江戸へ移りつつあった時代、移り変わる流行を常にリードし続けたのが「初代歌川豊国」です。歌川派中興の祖となり、江戸の町人達に葛飾北斎に勝るとも劣らない支持を受けていた歌川豊国の浮世絵や、多くの弟子を持ったその生涯をご紹介します。

江戸時代を代表する浮世絵師が「葛飾北斎」や「歌川広重」だとすれば、明治時代を代表する浮世絵師が「月岡芳年」(つきおかよしとし)。歌舞伎の残酷シーンや「戊辰戦争」の戦場等を題材にした無残絵から「血まみれ芳年」の2つ名で知られます。月岡芳年は、その2つ名の陰で、ジャンルを問わず幅広い題材をテーマにした多作の絵師として、幕末から明治期の浮世絵界をリードしました。そんな月岡芳年の生涯や数々の傑作をご紹介します。

浮世絵師でありながら日本画家でもあった「水野年方」(みずのとしかた)。見逃されがちな水野年方ですが、絵を通じて風俗画の地位向上や近代文学の発展にも貢献し、門下から数多くの有名画家を輩出しています。ここでは、そんな水野年方に焦点を当て、その生涯や作品を紹介します。

江戸歌舞伎の見せ場、豪傑の強さを見せるための荒々しい演技「荒事」は江戸歌舞伎の象徴とされます。しかし、映像のなかった時代にその様子を表現する手段は絵画しかありません。芝居絵の名家鳥居派の祖「鳥居清信」が描いたとされる芝居絵「市川団十郎」は、江戸歌舞伎の荒事の猛々しさが見事に表現された作品です。歌舞伎などを題材にして江戸歌舞伎の魅力を今に伝える芝居絵「鳥居派」の祖、鳥居清信の芝居を愛した人生と歴史的にも価値がある作品たちをご紹介します。

「勝川春章」(かつかわしゅんしょう)は、「葛飾北斎」の師匠にして江戸中期を代表する浮世絵師です。浮世絵様式のひとつである「役者絵」に、役者の姿や顔など「役者の個性」をリアルに描き込むことで、新たに「似顔絵」という役者絵を生み出したことから「似顔絵の祖」と言われています。また美人画や相撲絵など、様々な作品を残しましたが、その生涯はあまり明らかにはなっていません。断片的な記録と資料から、勝川春章の人生や魅力ある浮世絵に迫ります。

江戸中期に彗星のごとく現れた浮世絵師、「東洲斎写楽」(とうしゅうさいしゃらく)。活動期間はわずか10ヵ月あまりながらも145点もの作品を生み出し、その後忽然と姿を消した謎多き人物。独特のデフォルメを用いた役者絵は世界中で高い評価を受けており、大正時代にはドイツの美術研究家ユリウス・クルトが「レンブラント、ベラスケスと並び東洲斎写楽を世界三大肖像画家と紹介した」とも言われたのです。今もなお謎が多い東洲斎写楽の人生や魅力ある役者絵等をご紹介します。

屏風絵が代表するように、かつて絵画は上方の高尚な上流階級の文化でした。しかし文化の中心が江戸の町人達に移り変わり、絵画もまた庶民のものとなったのです。それを象徴するのが「春画」。吉原の遊女などを題材にした妖艶で刺激的な「江戸の18禁本」の人気画家が「渓斎英泉」(けいさいえいせん)です。しかし春画にとどまらず風景画などでも優れた作品を残しました。その生涯や色あせない芸術をご紹介します。

「英名二十八衆句」を弟弟子の月岡芳年とともに作り上げたことで知られる落合芳幾は、活躍の場を浮世絵だけにとどめなかったスケールの大きい浮世絵師です。「毎日新聞」の前身となる「東京日日新聞」の創業や歌舞伎雑誌の創刊など、浮世絵や挿絵のスキルをもとに様々な挑戦をした、落合芳幾の波乱万丈の生涯や幅広いジャンルの作品をご紹介します。

「画鬼」と呼ばれた河鍋暁斎。彼は幼少期より写生を何よりも好み、時に遊女の帯を写生したいがために追いかけまわし、誤解されることもあるほどでした。しかし彼が「鬼」と呼ばれる所以は、その写生への執念だけではありません。自身のルーツである、狩野派や江戸文化を大事にしながら並外れた画力で優れた作品を生み出し続けたまっすぐな生涯、そして今に残る河鍋暁斎の名作達をご紹介します。

風刺などで幕府や明治政府に立ち向かった芸術家は数多く存在します。しかし実際に銃や刀を取って戦った芸術家となると、どれほどの数を挙げられるでしょうか。「楊洲周延」(ようしゅうちかのぶ)は戊辰戦争で幕府方について戦った異色の浮世絵師です。文明開化の東京にあって江戸風の浮世絵を描き続け、その作品は人々の江戸っ子魂をくすぐり続けました。そんな楊洲周延のちょっと変わった生涯と優れた作品の数々をご紹介します。

「月岡芳年」(つきおかよしとし)や「河鍋暁斎」(かわなべきょうさい)などと並び、「最後の浮世絵師」と呼ばれた絵師の 1人である「小林清親」(こばやしきよちか)。輪郭線を用いずに光と影を用いて明暗を強調する、光線画という技法を始めました。また彼は武者絵や戦争絵も手掛け、数々の作品を世に送り出しています。今回は「明治の広重」とまで評された小林清親の生涯、エピソードをご紹介します。

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「葛飾北斎」や「歌川国芳」といった、世界的にも有名な浮世絵師の経歴や浮世絵にまつわるエピソードをイラストや写真と共にまとめました。
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