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とよはらくにちか さく「あにがわだいがっせん」 豊原国周 作「兄川大合戦」 /ホームメイト

「兄川大合戦」は、1570年(元亀元年)の「姉川の戦い」を描いた偽名絵(にせなえ:史実にない嘘の名前で発表した浮世絵)です。
画面中央にいるのが、浅井・朝倉連合軍の「柄原十郎左衛門」こと「真柄直隆」(まがらなおたか)。真柄直隆は、大太刀(おおたち/おおだち)を振り回した豪傑として有名な武将です。
画面左の織田・徳川連合軍「本多貞八郎」こと「本多忠勝」(ほんだただかつ)、画面右の「八木坂帆九郎」こと「向坂式部」(さきさかしきぶ)に挟み撃ちされ、絶体絶命という場面。真柄直隆は、向坂式部に今にも胸を突かれようとしていますが、目力は強く大太刀を構え、最期の威厳を見せています。結局、真柄直隆は、向坂式部に討たれて亡くなり、織田・徳川連合軍が大勝しました。なお、真柄直隆が所持した「太郎太刀」(大太刀 銘 末之青江)は現在、重要文化財に指定され、熱田神宮(愛知県名古屋市)に奉納されています。
本合戦浮世絵を描いたのは、「豊原国周」(とよはらくにちか)。幕末から明治時代にかけて活躍した浮世絵師で、役者大首絵を得意としました。豊原国周が描く武将浮世絵はあまりなく、迫力があり貴重です。
■真柄直隆を討ち取った「真柄斬り」
姉川の戦いで討死した真柄直隆の首は、徳川家家臣「青木一重」(あおきかずしげ)により斬られました。青木一重が使用した刀剣は「刀 銘 兼元」。関鍛冶、孫六兼元が作刀した1振で、以降「真柄斬り」と呼ばれ讃えられました。現在は重要美術品に指定され個人蔵となっています。