- 行列浮世絵
うたがわさだひで さく「とうかいどうちゅうかなやさかしょうけい」 歌川貞秀 作「東海道中金谷阪勝景」 /ホームメイト

本行列浮世絵は、富士山と大井川を背景に、東海道の金谷宿(現在の静岡県島田市)を西へ進みゆく大名行列の一行を描きます。画面左側の上り坂は、石畳で覆われたことで知られる「金谷坂」(かなやざか)です。
金谷坂一帯の土は粘土質で、雨が降ると坂道がぬかるんで旅人は往来に大変苦労したと言う東海道の難所として有名でした。そのため江戸時代後期に、金谷坂と近隣の「菊川坂」(きくかわざか)の道を石で覆って歩きやすくするための工事が、江戸幕府により行われたのです。明治以後、金谷坂や菊川坂の石畳は近代化によりほとんど失われましたが、平成時代に復元されます。江戸時代当時の工事は助郷(すけごう:宿場近辺の村々に課された労役)によって実施されましたが、このときの復元にも地元住民が参加し、持ち寄った石を敷き詰めました。
そのような金谷坂を上る行列の正体は、1863年(文久3年)に行われた、江戸幕府14代将軍「徳川家茂」(とくがわいえもち)の上洛と推測されます。前年に「孝明天皇」(こうめいてんのう)の妹「和宮親子内親王」(かずのみやちかこないしんのう)と結婚した徳川家茂は、孝明天皇へ結婚の返礼をするために約230年ぶりとなる江戸幕府将軍の上洛を挙行。
当時、将軍上洛は大変注目されて浮世絵が多く発表されましたが、直接将軍を描くことは禁止されていたため、本作品のように名前を明示しなかったり、徳川家茂を鎌倉幕府初代将軍「源頼朝」(みなもとのよりとも)になぞらえたりするなどして幕府の禁令に対応しました。