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おちあいよしいく さく「たいへいきえいゆうでん いまがわじぶたいふよしもと」 落合芳幾 作「太平記英勇伝 今川治部大輔義元」 /ホームメイト

本武将浮世絵の題材となった「今川義元」(いまがわよしもと)と言えば、「桶狭間の戦い」において、兵力が圧倒的に劣っていた「織田信長」に屈した戦国武将としてあまりに有名です。
そのため、武将としての評価は決して高いとは言えません。もっとも、今川義元は「海道一の弓取り」(かいどういちのゆみとり)の異名を持っていました。「海道」とは「東海道」のことで、弓取りは、、弓矢で戦う武士(大名)のこと。すなわち、今川義元は、東海道で最強の武士(大名)であると認識されていたのです。
貴族文化に染まってしまった公家のようないでたちの印象が強い今川義元ですが、本武将浮世絵では、甲冑(鎧兜)を身にまとい、日本刀を振りかぶって奮闘する様子が荒々しく描かれています。
本武将浮世絵のタイトルにある「太平記」は、南北朝時代の軍記物。今川義元が生きた時代とは隔たりがあります。その理由は、「天正」年間(1573~1592年)以後の武将については、絵を描いたり、名前を出したりすることが禁じられたのです。
そのため、寛政年間に大ブームを巻き起こした「絵本太閤記」を太平記に読み替えて出版することで、虚実を織り交ぜた体裁を取ったと言われています。作者は、江戸時代末期から明治時代に活躍した浮世絵師「落合芳幾」(おちあいよしいく)です。
